「あなたの心に…」

 

 

 

Act.19 聖夜の日に

 

 

 今日は終業式。

 絶対、今日中にしようと決めていることがあるの。

 綾波レイに声をかけること。

 う〜ん、実はこの私が声をかけそこなってるのよね。

 信じられないわ。

 即断即決即行動を旨とする、この私が、よ。

 彼女には声を掛け辛いのよ。

 どうしてかな?

 あのね、私が彼女に声をかけようとすると、彼女が睨むのよ。

 そう、背筋が凍りつくような、冷たい眼差しで。

 私、彼女と声を交わしたことは一度もないのよ。

 それなのに、どうして?

 唯一考えられるのは、期末テストの成績かしら?

 私が当然、学年TOPになったんだけど、
 アイツが2位で、綾波レイが3位だったのね。

 ひょっとして、彼女、凄いガリ勉で、私が目の上のたんこぶだとか。

 う〜ん、ちょっと違うような…。

 ま、一度話してみればわかるよね。

 うん、決定。何とか今日中に話してみましょ。

 すぐにアイツの話ってのはできないけどね。

 

 HRが終わって、いよいよ冬休み突入。

 私はヒカリに断わりをいれて、すぐに昇降口に走ったわ。

 彼女をつかまえるには、そこしかないもの。

 校門はお迎えがくるかもしれないでしょ。例の超高級外車のお迎えが。

 生徒がちらほらと姿を見せ始めたわ。

 最終日だから、さっさと帰る人間は少ないのよね。

 友達が少ない子はこんな日は帰るのが早いはず。

 メガネの情報では、綾波レイは学校に友達はいないらしい。

 だから当番になっていない限りは早く帰ると、私は推理したわ。

 あ、当番かどうか、先に確認すべきだった…。

 まあいいわ。後悔先立ちよ。

 

 私はここに立っているのは、本当はちょっとイヤなのよね。

 自慢に聞こえるから、あまり言いたくないんだけど、
 メガネが言う通り、私は学年TOPの人気なのよね。

 容姿端麗で成績優秀、おまけにフリーなんだから。

 ラブレターは文字通り、山よ、山。

 読んだことないけどね。

 そりゃあ、一生懸命私に書いてくれたんだから、本当は読むべきなのだろうけど、
 目を通すことがわかると、枚数がさらに増えるじゃない。

 ただでさえ下足箱が一杯になるっていうのに、それは困るわ。

 それに最大の理由は、言いたいことがあるなら、
 直接面と向かって言えってのよ。

 断られるかどうかって問題じゃないのよ。

 好きなら好きと言葉で言えばいいのよ。

 わかんないわ。

 ま、好きって気持ちを知らない私だから、その気持がよくわからないんだけど。

 とにかく、ラブレターは即焼却場行きなの。

 最初はゴミ箱送りだったんだけど、それじゃ他人に読まれちゃうから。

 さすがにそれはかわいそうでしょ。

 だから袋に詰め込んで、燃やしに行くのが日課なの。

 

 あ、来た。

 やっぱり一人ね。

 さあ、行くわ。

 ひえっ!この娘、後ろに眼があるの?

 3mくらいに近づいた時、クルッで、ジロッよ。

 急に振り向かれて、睨まれたときには、思わず悲鳴が出そうになったわ。

 でもここでそんなことしたら、ぶち壊しだもん。

 必死に我慢したわ。

「1組の綾波レイさんね。私は3組の惣流…」

「惣流・アスカ・ラングレーさん。知っています」

 物静かな声…、表情もそのまま。

 やっぱり、私嫌われてるのかな?

「何か、御用ですか?」

「ええ、私、アナタとお友達になりたいの」

 ふぅ…、危うくいつののように『アンタ』って言いそうになったじゃない。

「何故?」

「何故って、アナタとなら良いお友達になれそうだと思って…」

「私は思わないわ」

「え」

 あらら、この娘、あっさり断言してくれたわね。

 ふふふ、燃えてきたわ。

「どうしてかな?私のことそんなに知ってるの?」

「ドイツからの帰国子女で、学年TOPの成績。
 男子の人気も一番だけど、交際している相手はいない。
 フランクな性格で、好戦的」

 うぅ…、簡単にまとめてくれたわね。

「で、そのどこが気に入らないの?」

「え…?」

「同じ転校生で、学年第3位の成績。
 男子の人気は二番で、交際している相手はいない。
 で、性格なんて、表面に出ているだけじゃわからない。
 そんなのは付き合ってみないとわからないわ。
 まあ、私はアンタの言ったとおり、そういう性格だけどね」

 あ〜、もう『アンタ』になっちゃったよ。

「アンタ…」

「そ、アンタ。アンタの性格は違うと思うんだけど?
 笑ったとこ見た事ないけど、笑ったこと一度もないわけじゃないんでしょ」

「それは…」

「私ね、アンタの笑った顔、見てみたいの。
 きっと、天使の微笑みって感じじゃないかな」

「天使…、勝手な」

「たぶん選ばれた人間しか、アンタの笑顔は見られないんでしょ?
 だから私も、その選ばれた人間になりたいと思って。
 これがアンタと友達になりたい理由。
 おかしい?」

「おかしいと思います」

「おかしければ、笑えば?」

「え…」

 あ〜っ!惜しい!もう少しで表情崩れそうだったのに。

「とにかく、私は…」

「あ!」

 二人とも同時に気付いたの。

 二人を遠巻きにして、ギャラリーが集まっていたことを。

 後で聞いた話では、『竜虎決戦の図』というタイトルで校内に広まったらしいわ。

 で、私は竜?虎?

 私は、綾波レイの手を引っつかんで、昇降口から外に飛び出たわ。

 あんなに見られてたら、話にならないじゃない。

 

「苦しい。離して…」

 校庭の脇にある芝生のところまで駆けていくと、綾波レイが苦しそうに言ったわ。

「あ、ごめん。走ったら駄目だった?」

 そうよ、この娘、病弱だったっけ。

「え?いいえ、別に大丈夫。手が痛かっただけです」

 あ。私は慌てて握り締めてた、彼女の手を離したわ。

 白くて華奢な手。私が握ってた手首が少し赤くなってる。

「ごめんね。痛くない?」

 彼女は手首を擦りながら、私を睨んだわ。

 怖い…。でも、負けないわよ。

「話を戻すわ。で、私のどこが気に入らないわけ?粗暴だから?」

 彼女はふるふると首を振ったわ。

「じゃ、どこ?はっきり言ってよ」

「言います」

 彼女は私を真正面から見たわ。いよいよ勝負ね!

「アナタには好きな方がいらっしゃらないと聞きました」

「そうよ」

「でも、い、碇さんと交際されているじゃありませんか」

「へ?」

 な、何?この展開。

「先日、街でお見かけいたしました。楽しげにおしゃべりされていましたわ」

 えっと…、それって、映画のときかな…。

 見られてたんだ、この娘に。

「あ、あれは…」

 う〜、説明が難しいわね。

「話せば長くなるんだけど、あのね、つまり、簡単に言うとね…」

「はい、簡単におっしゃってください」

 何?この静かに燃える眼差しは。

 あ!もしかして、もしかするわけ?

 私の恋愛レーダーにピピッと来たわ!

「あれはデートじゃありません。
 天地神明にかけて、デートのような類のものではないの」

「で、でも…。交際されているから、あのように」

「交際という言葉の意味は広いの。私とアイツの場合は、隣人、及び友人ね。
 アンタが思っているような意味ではありません」

 私はきっぱりと言ってやったわ。

 ほら、綾波レイの表情が少し明るくなった。

「あ、もしかして、私を嫌いなのは、アイツと交際してると思ってたからかな?」

 うわ!彼女が顔を赤らめて、俯いたわ!か、可愛いじゃない。

 ビンゴよ、ビンゴ!

 さすが私の第六勘ね。

 綾波レイがアイツに好意をもってるなんて、くくく、凄いわ、私。

「はっきり言っておくけど、私はアイツを男性として好きではないの」

 彼女が顔を上げて、私を探るように見たわ。

「私はまだ好きな人がいないの。わかる?だから私どころか、アイツもフリーよ」

 よし!彼女の顔が輝いたわ。

 もう一押しね。

「私、アンタとアイツをくっつけてあげよっかな、なんて思ってんのよ」

「ほ、本当ですか?」

 綾波レイが一歩近づいたわ。真剣な表情。

 でも、彼女は首を振って、小さな声で言った。

「信じられないんです。だって、アナタは碇さんを好きなはず…」

 あ〜、どうしてみんな私を誤解するんだろ。アンタもなの?

「くどいわね。アイツには事情があってね。今、全部は話してあげられないけど…。
 とにかく、私はアイツを幸福にしてあげたいのよ。
 だから、アンタとアイツならぴったりかな、なんて思ったの。
 わかる?」

「矛盾しているような気がしますが…、でも…、でも、
 私と碇さんがお付き合いできるように計らっていただけるのですね!」

「あったり前じゃない!
 だから、私はアンタと友達になろうとしてたのに、
 アンタが私を睨むから…」

「すみません。好きな方の彼女だと思っていましたから…つい」

「はん!勘違いも甚だしいわ。アイツとはそんなんじゃないの」

「わかりました。アナタを誤解していました。申し訳ございませんでした」

 綾波レイは頭を深く下げたわ。なんて、丁寧で礼儀正しい。

「頭を上げなさいよ、アンタ。
 とにかく私はそういうことだから、ね、友達になりましょ」

 私は右手を差し出したわ。

 彼女はおずおずとその手を握ってくれたの。

 白くて冷たい印象があったけど、暖かい手…。

「ね、アンタのこと、レイって呼んでいい?
 それで、私のことは、アスカって呼んで」

「え…、あの…。はい」

「じゃ、レイ、私のこと呼んでみて」

「は、はい。あ、あの…、アスカ…さん」

「駄目。さんはいらないの。もう一度」

「はい、じゃ…アスカ…」

「うん!今から二人は友達だよ。いい?」

「はい、でも…」

 レイが握手をしたまま、私を見つめたわ。わかってるって。

「大丈夫。任せて。今すぐってのは無理だけど。
 何とかするから、大船に乗ったつもりでいなさいよ」

「はい。信用してみます」

 信用…ね。ま、まだこれからだもんね、私たちは。

「それから、アイツのこと教えるから、いつでもいいから会えないかな?
 私の携帯電話はね…」

 私は電話番号をメモして、レイに渡したの。

 レイの番号は教えてはいけないと両親に堅く禁じられてるとかで、駄目だった。

 ま、そのうち教えてくれるでしょう。

 

 そして、私はレイとわかれて、帰宅したの。

 

 そのあと、マナと大喧嘩。

 だって、レイと友達になって、
 アイツとのことも応援するって約束したことを報告した途端、
 マナが怒り出したんだもん。

「アスカ、アナタ本当に馬鹿よ。馬鹿。大馬鹿」

「何よ。私はアイツをサルベージしようと」

「何がサルベージよ。サルはアナタじゃないの。
 アナタ、自分のしたことがわかってんの?」

「だから、アイツのことを考えて」

「考えてない。その娘とじゃ、シンジは幸福にはなれないの!」

「アンタ、レイを知らないからよ。
 レイと話せば、どんなにいい娘かわかるわ」

「話しても同じ!それに馬鹿シンジの気持はどうなるのよ!
 アスカ、全然それ考えてないでしょ!」

「考えてるわ!だからレイがアイツにピッタリだと」

「ああ!もういい!アスカ、アナタ、ホントに馬鹿!
 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ァッ!」

 マナ、消えちゃった…。

 そりゃあ、マナは最初からレイとのことは反対してたけど…。

 ここまで言われちゃうとは…。

 ううん、私の目は正しいの。

 アイツとレイなら、ベストカップルだもん。

 私は私の信じる方法をとるわ。

 

 でも…マナ…。

 このまま、出てきてくれないってことないよね?

 そんなのヤだよ。

 

 

 

 

 

Act.19 聖夜の日に  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第19話です。『最高のクリスマスプレゼント』編の前編になります。
いよいよ、へっぽこアスカが暴走をはじめます。
天上天下唯我独尊のアスカ様ですから。ま、自分の気持以外は、間違ってはいないんですけど。
ついにレイちゃん台詞つきで登場です。もう少し後の予定だったんですが、
財閥令嬢なものでこのままじゃ冬休み中に登場する必然性が発生しないことに気付いてしまいました。
そこで4話ほど前倒しで登場してもらいました。はい。